2017年7月27日木曜日

speed july

白い嵐、が良かった。映画の話。映画はやっぱりいいな。
speed july、この七月をそう呼んでもいいだろうか?と言うくらい、大きな波が2つあって、1つ目は越えていよいよ今日その2つ目だ。サーファーの気持ちで乗り越えたい。なんていうのは今思いついた。

高校の大好きな友人が結婚をした。高校生活の一、二を争うくらい一緒にいた。いやそうじゃないかも、基準が曖昧だ。何年か前、彼女の誕生日の日ということで、TSUTAYAでDVDを1つ選んでそれをプレゼントすることを遊んだ。ハリウッド映画はよく見ていたので色んな並んだ映画の内容についてプレゼンして回った。主に恋愛映画だったと思う。そのことが楽しくて、少しだけ恋愛映画をたくさん見たことが報われた。このジョークを僕はすごく大事にしたいと思う、もちろん彼女のツッコミもそこにはあった。現実をなんとかすべきね、みたいな。w
すごくお世話になって、なんか僕のことをすごく見てくれて評価してくれた文章なんかを読んで、やはり泣いてくれたりして。心の底から喜んでくれていたのかもしれない。
僕は、そこでコミュニケーション出来るなら、時間を生きて本当によかったと思った。
人生にギュッとつかまれるように、思った。

式場で仲間たちと人生はあと80年あるから、みたいなことを言いまくっていたのはおめでとうと同時に、なんか僕らは仲間たちとこのままでいこう、って気持ちからかもしれない。何パーセントかは。
みんなのことをそんなにタフじゃないんじゃないかって思ってしまうからなんだ。
一方でずいぶん自分だってナイーブなのだけど。
困るくらいに。

とにかく波に集中しなきゃ、白い嵐のようになってしまう。
人生は複雑に、何層にも生きていく、みたいだ。

2017年7月24日月曜日

疲れ

今日は本当に疲れていた。頭もキーンとしていて、しかし昨日たくさんお酒を飲んだわけじゃない。しかし昨日は疲れた状態でのお酒だと自覚しての飲酒だったとは思う。
いずれにせよ、今日は本当にクタクタだった。あとちょい、今週さえ乗り切れば。
っていう今週があり過ぎた今月だ。目の前しか見る事の出来なかった7月がジュライがJulyが終わる。
頑張ったと思う、自分に拍手、じゃなく休みを。
明日はジェニファーたちと集まる。うん、積極的に、英語できないけど話せてるのはジェニファーと池田さんのおかげのこの展示期間です。
日本人のさみしさ問題をもしかしたら外国の方のやり方や彼らが救ってくれるんじゃないかって思っているのが基本的にあるんだけど、、これに関しては検証していくべきかね、自分自身。

2017年6月30日金曜日

I can't get over the film.

信じられない時間にいる。タイミングを逃し眠れない。夏のせいか。こういうの本当いやだな。でもこういうの文学的だとか思う自分もいて。。。
昨日は大物ダンサーと、対談をした。雑誌の企画だったけど、
その話をもらった四月のその日は中目黒でCDジャケットの撮影をしていて、メールが届いてその名前を読んでびっくりした。
僕がコンテンポラリーダンスを知った当時に活躍されていたまさに今をときめく人であったから。そういうのを頼りにその世界を知っていったから。
その人の話を聞く中で、愕然としてしまった。十分、その人の経歴や仕事っぷりに圧倒されていたつもりだったが、なんと色んなことをしてでもお客さんを増やそうと努力していたことか、そう考えると本当に今は全然始めれてない感じがした。頑張りどころ、、、落ち込む暇は微塵もない、やれるかやれないかで勝敗が決まる。
負けたとか勝ったは、本当の意味では重要だな、つまり人生をかけて、あるいは今若いこの時間をかけて、あるいはいくらか年を重ねたこの時間をかけて、あるいは年老いたこの時間をかけての戦いなのだ。短いその時だけとかのじゃなくて、長いプレッシャーと長いスパンでの目標と視野が必要なのだ。それには科学的な努力が必要になる、また何よりも勇気。そういうことの意味でパンチをもらった。

一方で、他の話に戻るけど、そう、今日まさかそんな風に会えるとはコンテンポラリーダンスとか意識し始めた時はあんまり思ってなかったかもなぁいや、そうなりたいとは思っていたかも。しかも自信もあったかも、、、うん。(何かイメージを逆算しようとしていたかもしれない)
しかし、だからそのようにして自分が目標とかをクリアしていくんだからこれからもしっかり目標をたてクリアしていけるようにするんだ、と思った。

誰かのブログを読んで、踊る理由がわからなくなった、と仮に書いてあったとする。
自分の踊りを、あるいは自分以外の踊りを、あるいは人を、世界をもっと見つめればいいんじゃないかと思ってる。それに関しては生活と並行して必死に探すべきで、自分のオリジナルの強さは持っていかないといけないと思う。そうじゃない人とは僕はやれないかな、そういう人に関してはたぶん傷つけてしまうと思う。それが僕の一線かも、今のところ。それはしょうがない。
深い井戸から水を汲んでくるように、モチベーションをいかに深い井戸から汲んでこれるかだと思う。僕は結構、深い井戸を見つけたので、あんまり負けない、だけどまだ不十分だからもっと深い井戸を探している。でもその井戸に関しては嫉妬するものでもない、だって世界がかなりピンチだからだ。猫の手も借りたいくらい世界がピンチで、ちょっとでも人の手を借りたいんだから、そしてしかもその人が出来れば自分で指示出し出来るようであってほしい、ほら何かに似ている、、政治と同じだ。
時間も空間も有限で、今次の瞬間にはたくさんの可能性も死んでく中ででもしかもBBQとか花火とかもやりながら楽しんで味わなきゃならないとも思っている。本当のところ。

映画がいつもすごいから僕の人生は負けてばかりだ。
敗北に満ちている。
恋愛映画を星の数ほど見ても明日にも何も達成出来ていない。
あらゆる方法を手にしたはずなのに、日本語に僕とあなたとの関係に縛られて、世間を気にして何も手が打てない。そのようにして映画に負けて、絶望の雨が降り注ぐ、決定的な負けだ。上の方に書いた多少のダンスの達成だって、映画への敗北を前にして、何も力を持たないみたいに、、、いや、ちょっとはあるかな、 、、。そうちょっとなのだ。
もっと圧倒的でなかったせいなのだ。
もうすぐ30歳を迎える。人生が手強い。しかしチャンスはいつも無限にある。
ストレス社会だ、なんて言うなよ、全部君1人でクリアできる。世界を変えられる。
僕は君のことなんて知らない。君は僕のことなんて知らない。
君は世界を前にしている。

2017年6月23日金曜日

今日

今日のこと。昨日は、二回目の美女と野獣を観に行った。昨日は1人でポップコーンとコーラを用意して、凄い乗り気ってわけじゃなかったけど時間が空いて迷ったあげくのベストの選択肢としての二回目でした。美女と野獣、この映画には全てが入っているから。そんな映画が公開中に二回も行くことは大事な気がして。過去になった時に、二回確認したことを思い出して少し励まされるかな、なんて思って。

そういえば最近、フリースタイルのラップを繰り出す時に少しやりながらあちゃーって思うのはこれに関しては、唯一無二性を出せない感が強い。何事においても割とその葛藤に勝って自分オリジナルを配置可能にしてきたつもりがラップだとそうはいかない、だから最近人の前でのれてないんだということに今日やっと至って気付いた。OMG。先は長いね。

美女と野獣の話、すっぽかした。
全てがつまってる映画。男子も見たらいいと思う。1人でもいいじゃない。
映画の光が君にあたり、君を照らす。


それは昨日のこと。
今日はずっと豊田議員と痴漢のことをずっと考えていて、それがぐるぐるして、それらが内包するも問題たちが立ち上がってたたみかけておそってきて、嘆きそうになった。ツイッターに嘆きそうになった。
その時、自分にやってきた言葉は、嘆くな!作れ!、だった。
一個ずつ世界をかえていこう。って言葉もあとからやってきた。
それで少し歩きながら笑えた。
言うまでもなく、SNSでの言葉がこんなに放り投げられるのに、僕らは現実世界でこんなにも言葉を放つことに怖がり、動けずにいる。
現実の中で動けるようにするために何が必要かを、一つずつ作っていく。明日も出来るところから。やろう。
嘆いている暇はない。

2017年6月10日土曜日

matsumoto

長野県松本市に来ている。あそびなおす、というイベントに参加するため。awai art centreが素晴らしいレジデンス場所のようにして機能していて、今眠ろうとしている。
松本の街は思ったよりこじんまりとしていて、ストレスもない。
そういう街を歩いていたり自転車に乗ったりしていると、東京とは違って自分のリアクションがすぐには起こらない状態で、段々自分の声が増えてくるようだ。
だけど、もしかしたら人が少ない分、つるむ人というのも決まってくるんじゃないかとか考えるとソワソワしてくる。東京は人が多い分、その多さに隠れて色々切り抜けて好きにやれるが、そもそも人がいなければ隠れたりも出来ないかもなぁなんて考えたり。
京都のこともこれに合わせて考えた。 果たしてじゃあ京都にずっと住むことは可能なのか?京都にさえ飽きてしまうんじゃないかとも思ってしまっている。
しかし東京の限界だって感じる、場所というより人の。
一方で自分がまだ直面出来てない人生の世界のパートもだいぶあって、非常に先が思いやられるなぁ、なんて思いよぎりながらも明日の本番。
先が思いやられまくりだけど、先は見てみたい、知らないところに。

だけど、なんかこうして別の地にふわっと一瞬来ているのはやっぱりいい。
松本に来てるよー、と長野の色んな友達に言いたい感じ。

2017年5月19日金曜日

太陽の季節、

煩悩の遅さ、と思った。今日は5月19日だろうか。
昼前に起き、今日は英語の勉強はせず、美女と野獣のジャンコクトーの方を見て、
ギターを手に取り音楽の練習。
ののち、絵を描いていて、明日が途中経過を見せるタイミングで6月納期のもの。
天気が良くて、青いシャツの汚れがついたのもまぁ見て見ぬふりで出てきた。

電車があいかわらず僕を運ぶなぁ〜。

じゃなくて、東京に帰ってきて物事のシンプルに行かなさっぷりに、どんどん複雑になっていくように見える事物に、自分にいらいらしている。
ふっきれると思う。
自分に固執せずに、その動きそのものになるんだ。目的を考え、それに走っている状態にする。
人生を生きたいでは遅く、人生そのものになる、くらいに。
失うものはなにもない、ここに生きていることがある、おい、生きている、太陽が照らすことによってそれが明らかになるんじゃないだろうか。


2017年5月14日日曜日

散文

帰国後、ポエムに頼ろうとしてしまう部分も強く出て来る。それは日々を抽象的にしておくためだろうか。自分がいる場所を詩的に装うことでの抽象化を図るみたいに。
ほとんど怒っているのは、日本語で生きるこの身体のせいだろうか。

なんておさない社会なんだろう!

山田かまちを思い出した。

あたたかくなり夏のことが少し近付いてくると自分がお寺とかで踊る姿を想像してる。
達成のされてない夢。
いい風通れと思いながら。

夏は思い出す。
ほら、またポエムをしようとしている。
気をつけねば