2018年1月17日水曜日

城崎にて2日目

城崎に来ています。初めてのレジデンス、滞在制作というやつ。人のカンパニーではなく、自分たちの作品のためのクリエイションで城崎にいます。
幾つかの仕事を持ち込んで制作と並行して進めていくつもりだったけど2日間を過ごしてなかなかうまくいっていません。寝坊、稽古、買い出し、稽古、温泉、という感じで終わっています。難しいね。街も見れていない。ちょっと寒いから気軽には外に出づらいというのもある。
しかし、純平くんもいるし、これはこれでな時間を今は過ごしているんだと思います。
明日はちゃんと起きて、朝から動いていきたい。

2018年1月13日土曜日

パンチングシカゴ

最近、クラムボン聴いていて久しぶりに。学生の一時期はたくさん聴いていた。出会ったのは大学1年の時にNYのムンパレでだいすけさんがよく流していたのだった。フィッシュマンズもその辺かな?あるいは映画専攻の友達か。懐かしいね。
でも今、大学で学生たちに会っていて彼らのその時間もやがては僕の現在の距離感ようなものを持つ。今見えてる景色と学生の時に見えていた景色が全然当たり前に違うから、何かしていても前の窓の景色が違う状態で運転もしているんだ。
シカゴって、曲が凄くて、この山あり谷ありの登ったり降りたりの楽器のリズムに原田さんの声がそこを歩きながらジャンプしたら小さくなったり、歌というものにしてしまう凄さがあるね。

明日は横浜で稽古だけど橋本くんはあざみひらに行くそうなので個人稽古だ。
僕が20代でいれるのもあとわずかだ。

2017年12月31日日曜日

2017 to 2018

2017年を振り返って。

2017年、3月の旅行以降はほんとは作品作りを集中して行おうと考えていたけど、中々それが叶わなかった。思った以上に他の入ってくる仕事の割合が大きかった。ちがう、だんだん日本での環境の中にいる要請に身体と思考がならされていったんだと思う。

2月はChoreographで多田淳之介さんの作品に参加。これは横浜ダンスコレクションのプログラムの一つで、大谷能生さん、伊東歌織さん、戸沢直子さん、群青さんとの共演。という、とても僕にとっては伏線を回収するようなメンバーでした。制作期間の中で話したこととかがとても多様でした。なんというか人生の途中の確認みたいな感じでした。こうしてB-Boyのときの経験とかも更新されていくのだった。

3月はアジアとヨーロッパを旅しました。32日間。安旅。思えばもっとせめれたんじゃないかとかも思うけど、ともかくは外に身を置く中で見えることがやはり多数あった。というか絶対にあるんだよね。毎年行かなきゃいけないし、自分の夢でもある、向こうで活躍すること。まだもちろん捨ててない。向こうで働き生きる友人の姿は、切実で今まで知らない彼の姿だった。自分を反省した。

4月は帰ってきて新しい生活が始まっていく感じがあり、すぐに白くまさんと大池さんの結婚パーティーを一緒に作っていくという個人と個人でやりとりをした仕事でした。こういったことを仕事として成立させてくれた2人には感謝がつきません。

5月は小さいイベントが重なって、米澤一平くんと初めてセッションをした。作品未満くらいの発表という小さな一歩。この後もこの一平くんと可能性を頼りに、よださんや、橋本くん、とか色々試せていった。一方で一平くんは一平くんでたくさんの企画を他の人とすすめていたのよかったな。

6月は長野県松本市にあるawai art centerに誘ってもらってあそびなおすに出演をしてきた。展示であり、ライブである、という試みを今年が結構重ねていく中での最初の出だしとなる感触が確かにありました。

7月は武蔵野プレイスでの個展。リアリーリアリーフリーマーケットとの抱き合わせ企画。
個展でありながら、多くイベントを開催してみるパフォーマティブな展示を目指しました。きっと展示としての物足りなさはあったと思います。が、イベントの多くの開催を武蔵野プレイスとTERA TO TERAスタッフと出来たことに確かな手応えがありました。色んな可能性を感じることのできた夏、となりました。


9月に初めての単独公演『I ALL YOU WORLD PLAY』を横浜STスポットで行いました。
65分くらいの作品となりました。自分の持てる世界観や、これまで獲得しつつある技術を詰め込み、劇場の方とスタッフと作りあげる思い入れもある作品がやっと一つできあがりました。
舞台をこれからも作っていきたいと考える最低ラインは越えることができたかなと考えています。

10月は鉄鋼島FESとTokyoCanalLinks♯1 “翼を持つことと根を持つこと”グループ展に参加しました。キュレーションは青木彬さんです。

11月は横浜STスポット30周年で額田大志くんと20分の作品を作り始めた。音楽家との共同制作だった。ここで試せたことは、たとえば作品のソフトなパッケージングだったり少し衣装で遊んでみることだったり、今後にもきっと使えると思うので来年の活動に直接敵につなげたい。
の後、京都に10日間滞在し、多田淳之介さんの作品『re play Dance Edit』に参加した。この作品では、シンガポールやカンボジアのダンサー、関西と関東のダンサーが集まって制作を行った。それぞれの取り組むシーンの状況の情報を少しでも交換することができた。

12月はクリスマスパーティーを行った。なるべく昨年よりも負担を減らして、のぞめるようにしたいと思ってそれを目指した。結果、昨年とも嗜好性のちがうものを参加者で提示出来る場になッタト思います。またやります。



また今年は代々木公園で行う活動、どうぶつえん、とそれに加えて青空絵画教室を開くことができました。

9月の最終週から東京造形大学のcslabで働き始めた。小山友也くんが回しているスペースで、週一回の授業があり、2日間通って大学での何かしらのアクションを行っていった。企画をしたり、実際に行ったり、人を呼んだり。
週一の知の漂流教室では学生が集まって、いろんなアイディアを出し合いそれぞれにやりたいことを巻き込みながらつき合わせながら、補い合いながら、だけど走れる時は走ってのバランスで毎授業の展開を試みた。
この感想をどのようにまとめればいいんだろう。

あとは、大学の授業だけで大学は出来るわけではないと考えていて、ともかく毎日をある目標に向けて提案をしていくことにした。大学におけるパフォーマティブな側面をもっと面白がってやりたいと考え、いろんな学生や助手や教授に声をかけパフォーマンスイベントを展開した。
大学ももっと面白い方がいいに決まっているし、大学の外ももっと面白い方がいいに決まっている。思う存分力をつけながらも、ずでにある力は使っていくべきだ。

今年は計画性の中にも即興性をもって挑むことが多かった。とにかく何かが起こっている状態を目指そうと思った。世の中に必要だと思う現象はとりあえず起きていないと、(言い換えれば柱さえなければ屋根さえ載らない、家ができないみたいな。)まずいなぁと思って。それで仲間にも協力してもらったり、友達になったらすぐそれに加わってもらったりした。それがしかも可能というシーンにたくさん出くわして、非常にいい感じです。

今年はたくさん仕事をしました。みんなにもたくさん協力もしてもらった。迷惑も込みで。
来年はもっとそれを越えよう。しかも海外でもなんとか活動したい。出来ないかな、自分次第ですね。 1月からスタートダッシュしたいな。
今夜も走るかな、、海まで走りきれる自信が今はない、、どうしよう。最近はランニングより稽古が中心だしなぁ。
仕事のことばかり書いているけど、生きることをもっと多様にできる工夫もしたいなぁ。 なんかずっと生きることは悲しいみたいなことをずっと思ってしまっている。みんな、僕らの世代はまじめだと感じるからで。じゃあまじめじゃなくなったら、大丈夫かというとそれもなんか難しいとこまできてる感じする、、って言っちゃうからダメなのか。

でも割り切れる問題じゃないと思ったから、羅列するだけで終わりにしないようにした。

めんどくさいなぁ。明日はもっとすっきりとでもちゃんと問題を持ったまま、しかしはっきりと走り始めよう。生きることはやめていない。 (写真は香港での)

2017年12月30日土曜日

たくさん水をのもうかな

最近カルアミルクばかり聴いていたから昨日もかけたんだよね。
カルアミルクの楽曲はどことなく20年くらい前の時代の雰囲気とかSF感みたいなのがあって、それはそういうのを喚起させる、イメージのこびりついた音が使われているということもあるんだけど、カルアミルクばかり飲むみたいな人生のショートタームが自分にも欲しかったなぁ。ダンサーを目指してしまったために青春の夜はストリートでの練習に消えていったんだと思う。
視野が終わって、パフォーマンスあんまうまくいかなかった感じがしてその後のパーティーでの居心地の悪さと言ったら、、、でも朝までのパーティーはとにかく楽しくて色んな時間が凝縮していた。僕は覚えていると思う。覚えている状況、ってきっと体で覚えているから。体ってすごいな。
今日は忘年会の誘いもあったけど、何せ昼前までスターウォーズだったから夕方に起きてそれで山崎広太さんのベストダンサーNYの情報に感化されて、、どっちにしろやろうと思ってたけど、外へ出て練習したり絵描いたりしていたんだ。これが自分の調整になる。
もっと水を飲むのが目標で今日はすくなかったなぁ、

2017年12月19日火曜日

今すぐ、

今すぐkiss meっていい曲なの知らなかった。アップルミュージックで広瀬香美がカバーしてるの聞いてたら、すごくいいカーブを描くように歌われるフレーズあって感動しちゃった。今すぐkiss me,wowow go away I miss youのくだりとか。音と言葉のリズムがとてもポップにまとまっていて。すごい。

RENTを最近、久しぶりに観ている。
こないだラジオ出た時も迷ってレントのseasons of loveをかけてもらった。
初めて舞台というものに出会った1つはRENTだ。コンテンポラリーダンスよりも早い。大学に入学してすぐの話。
今日観てたのは舞台版の映像だ。
涙がやってくる。
最近、ダンスの中で音を意識した作りが増えてきていよいよ、音楽とかミュージカルのことを考えていて、だからRENTを見るのかもしんない。
人生は一回しかない。
というのが映画とか見る度に、再生するたびに、人の中へ飛び込んでいく。
昔、映画を見て泣いた時の涙の正体はなんだったのか、悲しくて泣いたのか、その悲しさの対象はなんだったのか。今日見ながら考えていたのは、自分のこの人生をもうちょっと、もっと、なんとかしたいっていうことが自分を打って泣いているんじゃないかと思う。
RENT観て、やっぱり色んなことがその背後に広がっていて、つまり僕も生きてる世界に広がってることがわかって、相変わらずそのことが自分の胸を打つ。
景色を描くのが難しくて、くやしい、

生きることを抱きしめる瞬間に立ち会いまくりたい、頑張ろう、きっと恥ずかしいけど

頑張ろうって何度も自分の中で言えれば体制を持ち直すかも、

2017年12月7日木曜日

海に投げること

12月になっていて、また時間を追われるようにして社会と並行して進んでいるように思える。その社会ってのも一側面の一部の社会だから、ちょっと布団に入れば全然安心出来ない不安の想像がおそってくる。
ドライブで流したノーサイドは忘れないんじゃないかと思う、実は初めて聴いた曲だったのだけどなぜそんなにも寂しそうなんだろうというくらい。
たくさんSNSとかで直に自分だって社会と擦り合わせながら時間を送らせて人生を送らせているのだけど、一方で何かを失ってるような気はしていて、いつもその何かは知っていてつかもうとしたいのだけどやっぱり逃げる方に自分は進んでしまっているんじゃないだろうか。
結局、何回も同じようなことを書いて、年をとって。
しかし、現実に立ち向かうのが怖すぎて。たくさん映画を見たはずなのに。
もう一回思うよね、自分の気持ちが先なのか、その音楽が先なのか。
そのようにして自分で生きてるようにして随分翻弄され踊らされ、ずいぶんと自分なんかじゃ踊れていきていないんだ。

軽いものを海や川、流れている中に投げ込む。手応えの反応が帰って来なくて、思いっきり投げたストロークとそれに比して投げた物体には強さが伝わっていなくて、流れている海も川もそれ自体に何かささやかな亀裂さえ入れることが出来ないでその流れの音がすぐにやっぱり周りをサラウンドを支配していく、僕を支配していく。
海に向かって叫んだのはそういうことかもしれない。

景色を作りたくてダンスをし始めたのに、人の中に溜まっていく景色はどんどんつかめなかったものでたまっていきそう。

2017年11月28日火曜日

バイバイ

京都にさよならをして、東京に帰って来た。
いつの間にか風邪は治っていた。

京都から東京に帰って来た日、というのは明日になるともう違う日になっていくので、この感じは今日だけの、特別のものだ。
故郷に帰ってくる、は大げさだけれどそういう今思考で、海外から帰って来た時のまたイメージを被せて考えて始めたんだけど、帰郷の映画といえばニューシネマパラダイスで、どうもあのことを思い浮かべてしまうと、自分の人生のあれに比べての切実さのなさに、うわぁという重力を喰らって、それが布団の中でのことだからなんとなくそれで眠りにつくんだけど。

でも今書きたいなぁって気分があってさ。
自分を分断したり、人生を扱いたくて、書いたり考えたり思ったりしようとして。こうして。

京都の街。
は学生の頃にたぶん恋をするようにして通うようになっていたんだ、だよね。
もう30歳になってしまう。
早いもんで。学生の頃はまだb-boyで関西にもたくさん遠征して、そのことがそのままその時期の僕を形成する大事なパーツにもなっているわけで。

なぜ、あの時踏み出せなかったのか。

とかを今考えてもしょうがない、のを何度も繰り返してスライドして、そんな風にしてはなるつもりのなかった30歳にもうすぐ至ろうとしているんだ。

自分の事なのに、知らなかったよ。

知らなかったことを終わりにしたい、とか言うんだけど、やっぱりいつの間にかスライドしてて。いやいつの間にか、じゃないんだよね、たぶんそれらしき手応えを前にしてこれじゃあ出来ないって感じて、それで、やらない、、なんだよ。ね。

京都にどれくらい手を振ったのか、わからない。